SN-24-65 CLEMENTINO RAMÍREZ
SN-24-65 CLEMENTINO RAMÍREZ
※生豆30kg以上のご注文をご希望の方はこちらからお問い合わせください。
Lot Profile - ロット詳細 -
[Lot No.] SN-24-5
[Producer] CLEMENTINO RAMÍREZ
[Lot Name] LA FORTUNA
[Origin] HONDURAS
[Region] Selguapa, Comayagua
[Variety] Bourbon
[Altitude] 1700m
[Crop Year] 2024
[Shipped] July 2024
[Moisture] 8.5%
[Density] 898.0g/l
[Note] Apple pie, Lingonberry, Honey, Smooth
[Farm Size] 2.5ha
[Process] Honey
[Processing details]
チェリーは4⼈のピッカーによって毎⽇収穫されます。
収穫後は⽋点⾖を取り除くために⽔に浮かべた後、密封したプラスチックバッグに⼊れられ、⽇陰で48時間低酸素発酵が⾏われます。このチェリー発酵が完了した後、チェリーはセルグアパからラミレス∕ガレアス家の中央乾燥所があるヘスス・デ・オトロへ移されます。
そこではチェリーがシェード(遮光下)のアフリカンベッドの上に広げられ、42〜50⽇かけてゆっくりと乾燥されます。
乾燥が完了したチェリーは、その品質を保つために気密性の⾼い袋に保管されます。その後、品質保持のために気密性の⾼い袋に保管します。
[Price]
・Farmgate Price:7,500 Lempira quintal
・2024年4月の世界平均農場価格:3,500 Lempira per quintal
・FOB Price:$3.46 USD/kg
(1quintal=45.36kg / 1Lempira=およそ6.2円※2024年4月平均)
[Background]
クレメンティーノ・ラミレスは、2019年のSemilla設⽴当初に最初に繋がることができた⽣産者の⼀⼈です。
彼と、彼の兄弟たちはMontecillos(モンテシージョ)⼭脈の⾼地に位置する⼩さな村『セルグァパ』でコーヒー栽培を始めた最初の、あるいは初期の⽣産者です。
彼らの家族のコーヒー栽培の歴史は1980年代に遡りますが、2019年に私たちがクレメンティーノとその家族に出会った時、彼らは差別化された市場に⾃分たちのコーヒーを初めて売り込むための第⼀歩を踏み出そうとしていました。
この外部のスペシャルティ市場との繋がりは、クレメンティーノの義理の息⼦であるヘスス・ガレアスを通じて実現しました。
当時ヘススは、市場からはしばしば⾒過ごされがちな地域の中から、⾼品質なコーヒーを⽣ 産できそうななエリアをリサーチする会社で働いていました。彼の役割は、これらの辺鄙な地域を訪れ、IHCAFE(ホンジュラス国⽴コーヒー協会)のフィールド技術者としての経験を活かし、農園管理、チェリー収穫、発酵、乾燥に関するベストプラクティスを教えることでした。
彼の妹は夫のミルトン(クレメンティーノの息⼦)と共にセルグァパの農園で働いていました。そこは、彼が仕事で最初に訪れたエリアのひとつであり、妹の義理家族が代々営むコーヒー農園があったのです。
彼はそのプロジェクトを、家族に提供しました。この農園は標⾼ 1700メートルに位置し、主にブルボンやティピカといった在来種を栽培しており、ヘススはこれらのコーヒーが適切に加⼯されれば 驚くべき潜在能⼒を持つと確信ました。そして、彼の判断はかなり適切だったのです。
この地域での従来の販売⽅法は、ほとんどが中間業者モデルの流通⽅式となっており、今でも⼤多数がその⽅式に依存しています。
⽣産者はチェリーの状態、または“ pre-secado” (プレセカド…収穫、果⾁除去後3〜4⽇間乾燥させた状態)でコーヒーを中間業者に売却します。
このシステムで販売されるコーヒーの価格は⾮常に低く、⽣産者は常に貧困状態に陥ります。ホンジュラスに蔓延する汚職によって、⽣産者がコーヒーを引き渡しても代⾦を受け取れないケースも⼀般的です。
2024年のような好調な年でも、モンテシージョ⼭脈のこれらおよび隣接する地域の住⺠はパーチメントコーヒーの農園での販売価格が1ポンドあたり約0.85ドル(配達コストを除く)であったと報告しています。
この販売⽅式は、クレメンティーノとその家族に⼤きな負担を強いました。
残念ながら、ヘススが以前働いていた会社を通じて販売した年でも最⾼品質のロットだけが差別化された価格で売れ、残りのコーヒーは通常の市場で同じ低価格で売るしかありませんでした。
そして、私たちがクレメンティーノに出会った直後、彼とその息⼦ミルトンは⻑年の低価格販売による農場の負債を返済するため、アメリカへ移住することを決意しました。
クレメンティーノは北への旅の中で、誘拐や恐喝といった恐ろしい経験をしましたが、どうにかシアトルに到着したのです。
60代後半にも関わらず、彼は昼間は労働者として、夜はキッチンで働き、ホンジュラスに収⼊を送り続けました。そしてついに借⾦を返済し、新しい⼟地を購⼊する余裕ができ、昨年ようやく家族はその⼟地でコーヒー栽培を始めました。
私たちは2019年以来、クレメンティーノとヘススと協⼒してきましたが、彼の家族に携わるグループ農園の全ての⽣産量を購⼊できたのは昨年が初めてで、今年も同様の取り組みが実現しました。
2024年初め、クレメンティーノはいよいよ家族と共に過ごすためホンジュラスに戻り、労働⼒不⾜が深刻なホンジュラス、特に⾼地の辺鄙な地域で農園の作業を通して⽀援しました。
また、彼はトリレス、ブエナ・ビスタ、カントラルといった近隣コミュニティとの繋ぎ役として地域の評判を活かし、私たちの新しいプロジェクト「Sueños de Semilla ="セミラの夢"」を拡⼤する⼿助けをしてくれました。
その結果、これまで輸出経験のない地元の⼩規模⽣産者約25名が参加しました。
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